幸福なポジティヴィスト

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M・フーコー「歴史への回帰」『思考集成Ⅳ』No.103『コレクション4』No.3

<書誌情報>
Michel Foucault, 1972, «Rekishi heno kaiki» («Revenir à l'histoire»), Paideia, no II : Michel Foucault, 1er février 1972, pp. 45-60. (=1994,岩崎力訳「歴史への回帰」蓮實重彦渡辺守章 監修/小林康夫石田英敬松浦寿輝 編『ミシェル・フーコー思考集成IV 1971-1973 規範/社会』,筑摩書房.)(再録:小林康夫石田英敬松浦寿輝 編 『フーコー・コレクション 4 権力・監禁』,筑摩書房,26-50.)

※本稿は、「パイディア」誌十一号、一九七二年二月一日、45-60ページに掲載されたものの岩崎力訳。(一九七〇年一〇月九日、慶応大学における講演。録音テープから起こされたタイプ原稿にもとづき、ミシェル・フーコーの見直しを経たテキスト)


構造主義と歴史の関係
・不明確な論議となった3つの理由
構造主義とは何かという点が不明確だから。②「歴史」という言葉は、フランスで2つの意味を持つ。ひとつは歴史家たちの論議の対象であり、もう一つは歴史家たちの実践的営為。③政治的主題あるいは思惑が交錯していた(これがもっとも重要)。
構造主義者と敵対者の双方の戦略について整理する。

構造主義者の歴史をめぐる議論
構造主義の企て
→歴史研究に、より精密・厳格な方法を与えることを目指す。厳密で体系的な一つの歴史をつくりあげようとしていた。
事例①:フランツ・ボアス(ボアズのほうが一般的)による構造主義民俗学
→生物学的モデル(進化論)を人間社会に応用したタイラーの民族学を批判。
→人間社会はすべて、単純から複雑にいたる進化の過程。結婚や生産様式などの社会形態は、生物学でいう「種」であり、その増減や発展なども「種」の展開と同様の原理にしたがっている。(タイラー)
⇔人間社会は、単純であれ複雑であれ、それぞれの特性を規定するある種の内的な関係(ボアズのいう「社会構造」)に、どのようにしたがっているのかを分析。
⇒生物学的歴史から歴史的な歴史へ。

事例②:トルベツコイによる音韻論(言語学の一分野)
→歴史的音声学による1つの音素ないし音の進化を検討するものから、ある時点における一言語全体の状態の変化を明らかにするような、より一般的な歴史への移行を可能にする手段を探求。

事例③:ロラン・バルトによる構造主義文学史
→従来の文学史研究:ある作家の誕生から作品の完成に至るまでの、個人的・心理的精神分析的歴史か、ある一時代、ある文明全体を対象とする総体的・一般的歴史。一個人の問題か、きわめて一般的な水準しか明らかにできなかった。
⇔「エクリチュールの水準」を導入し、個人的スタイルや言語的水準を超えた文学の歴史の新しい水準を提示。
※こうした事例から、構造主義は当初の目的は精密な歴史的分析手段を獲得する試みであったが、こうした企図は認められなかった。

構造主義に敵対する者の歴史=構造主義者への批判
・(構造主義は)歴史という次元を欠いた、反歴史的企てである。
現象学実存主義にもとづく理論的批判。
→①時間的進化ではなく、同時的・共時的関係。因果関係ではなく、論理。時間を考慮に入れない研究が歴史をどう語るのか?
Ex)レヴィ=ストロースの神話研究への批判
→その神話がいつ、どこで生まれ、どのように伝達したのか。なぜその神話を語るのか、なぜその神話を変形させたのかという問いではなく、神話を構成する様々な要素の間の論理的関連を明らかにし、こうした論理の内部で、時間的決定要因ないし因果関係を明確にできる。
→②自由や個人的発意を考慮に入れない。
Ex)サルトルによる抗議
→言語(ラング)は、基本的・根本的人間活動の結果であり頂点であり結晶化なのであって、それ以外ではない。人間による言語の実践、すなわちことば(パロール)が、言語を見直し、ゆがめ、利用することで言語は進化していく。
→人間の実践を差し置いて、構造と法則しか検討しないのであれば、歴史は捉えられない。
・真に革命的なマルクス主義による批判
五月革命は、構造主義運動によるものではない。理論的分析より大衆の自発性に信頼を置いた運動である。
アルチュセールによる構造主義マルクス主義という例外
→伝統的なマルクス解釈を、ヒューマニズムヘーゲル主義、現象学から解放し、純粋に政治的な読み方を再び可能にした。
⇔革命運動自体によって乗り越えられてしまった。

〇歴史的分析の変化
・20世紀までの歴史学
→資本主義的産業社会の分割や連結の基準となっていた国家という単位が、いかに時間的な深淵をもっているのかということ、いかに確たる統一性を持っているのかを再構成することを目的とする。=ブルジョアイデオロギー
ブルジョアジーによる階級支配の正統性を主張し、こうした統治を危険にさらす革命を抑制する機能。
ブルジョアイデオロギーと化した歴史学を再検討するためには、時間と過去という概念ではなく、変化と出来事という概念が歴史を書く基盤となる。
構造主義的歴史分析

→変化の分析を厳密にしようとした。
Ex)G・デュメジルによるホラティウスをめぐるローマ伝説の分析。
→この伝説と同形異文の神話として、アイルランドクーフーリンの物語をあげ、両者の相違点を体系的にまとめ、両国の社会構造にまで分析の射程を広げた。

・相違の対応表


 


アイルランドクーフーリン伝説


ローマのホラティウス伝説


主人公


魔力を持った少年一人


魔力がない、少しだけ知恵のある武装した成人男性。+2人の仲間


主人公の帰還


魔力が強すぎて、故郷の町にとって危険な存在


帰還中に祖国を裏切った自分の妹を発見。


町の危険


外から英雄自身


外から内側(英雄の家族)


危険な英雄再帰


7つの魔法の水風呂


裁判、上告、無罪判決という法律上の手続き

→こうした変形を可能にする条件は何か?を社会構造の比較で説明。


 


アイルランド


ローマ


軍事力


生まれつき権力と能力を付与されている個人を基盤とする軍事組織


集団的軍事組織。しかもある程度まで民主的な軍事組織を備えた社会。


戦闘


魔力


普通の戦術の域を出ない


主人公


自分の意志によって遠征へ


民主的な手続きにより遠征へ。

ローマ市の最初期に起こった出来事の置き換えではなく、アイルランドの伝説がローマの物語に変わった際の変化の図式を示すときに、古代ローマ社会がどういう原理に基づいて国家社会に変化したのかを示す。

⇒構造分析は歴史分析につながりうる。

・新しい歴史学―「系(セリー)の歴史学
→アナールのような不動の時間への関心ではなく、出来事ないしその総体が中心的テーマ。
①時代や時期、国や社会、文化形態といった所与の研究対象ではなく、利用可能な文献全体から研究対象を決める。
Ex)16世紀におけるセビリヤ港の取引関係書類から。
②利用可能な文献をもとにした関連現象の明確化。
→セビリヤ港の文献からスペインの経済発展を明らかにするわけではない。
Ex)セビリヤ港に関するショーニュの研究。
→港の統計的データを整理、その時系列的なサイクル。セビリヤ港と関連する他地域の文献との関係性を明らかにする。
→文献を解釈することで過去の社会や精神を復元することではなく、ある限定された時代の、限定された対象に関する一連の等質な文献を操作し処理すること。文献コーパス(全集)の内外関連を明らかにすること。
③出来事を形作る様々な層を明らかにする。
→同時代の人々が知覚できた出来事、知覚されない事件。
Ex)再びショーニュ
→セビリヤ港に出入りする船(知覚できる層)、価格の変動(ある程度知覚できる層)、経済動向の逆転や小康状態(知覚できない層)
⇒2つの帰結
①歴史の不連続がますます増大すること。
→歴史は、目に見える不連続の陰の大きな連続としてではなく、上下に積み重ねられた不連続の絡み合い。
②歴史の内部に様々に異なるタイプの持続を発見する。
→短い周期、大きな持続、さらに大きな持続、そして不活動状態などの多種多様な持続の集合。歴史は唯一の巨大な持続ではない。

〇結論
構造主義的分析と「系の歴史」との間の接点
①解釈を拒否し、内的・外的な関連の体系のなかで文献を扱う。
(2)進化やそれに関係する概念を用いた生物学的神話の廃棄を可能にする。
→生物学的引喩の機能は、歴史を科学にすることができることと、生物学的な持続は人間社会の特質を失わせ、変化をすべて緩慢な蓄積と認識するため人間社会には革命の可能性が無いことを保障する。
構造主義と歴史は、連続性という古い概念に逆らって、出来事の不連続性と社会の変革の両方を、現実に即して考えることを可能にする理論的道具といえる。