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M・フーコー『知の考古学』 Ⅲ-Ⅰ 言表を定義すること

 <書誌情報>
Michel Foucault, 1969, L'Archéologie du savoir, Paris: Gallimard.
(=2012,慎改康之訳,『知の考古学』河出書房新社

知の考古学 (河出文庫)

知の考古学 (河出文庫)


<目次>
諸言
Ⅰ 序論

Ⅱ 言説の規則性
 Ⅰ 言説の統一性
 Ⅱ 言説形成
 Ⅲ 対象の形成
 Ⅳ 言表様態の形成
 Ⅴ 概念の形成
 Ⅵ 戦略の形成
 Ⅶ 注記と帰結

Ⅲ 言表とアルシーブ

 Ⅰ 言表を定義すること   ⇦いまここ!

 Ⅱ 言表機能
 Ⅲ 言表の記述
 Ⅳ 稀少性、外在性、累積
 Ⅴ 歴史的アプリオリとアルシーブ

Ⅳ 考古学的記述
 Ⅰ 考古学と思想史
 Ⅱ 独創的なものと規則的なもの
 Ⅲ 矛盾
 Ⅳ 比較にもとづく事実
 Ⅴ 変化と変換
 Ⅵ 科学と知

Ⅴ 結論
訳注
訳者解説
人名索引
事項索引


Ⅲ 言表とアルシーヴ: 147-265.
Ⅲ-Ⅰ 言表を定義すること: 149-164.

1.本節の課題
・本書の目的は,「言表の総体が,それらの出来事としての分散において,それらの各々に固有の具体的事件において,構成する領域」(: 54)において,諸言表がもちうる諸関係と規則性=「分散のシステム」を記述することである(: 76).
⇔言表の定義はしてこなかった.同時に言説という語を,言表の一般領域,言表の個別化可能なグループ,言表を説明する規則づけられた実践のように意味を拡大してしまった.
⇒したがって,本節の課題は次の通り.

言表の定義を,その根本においてとらえ直すこと.そして,その定義がここまでの記述のなかで実際に使用されているのかどうか,言説形成に関する分析のなかで問題になっているのが確かに言表であるのかどうかを確認すること.
(: 151)

2.言表の仮説的定義とその検討
(1)言表と命題構造
・命題があるときはいつも言表があるとはいえない.
Ex)「誰にも聞こえなかった」「誰にも聞こえなかったということは本当だ」*1
→論理学的には同じ命題構造のもとで,はっきり区別される言表的特徴がある.
⇒命題の統一性の基準は,言表の統一性を記述するためには有効ではない.
(2)言表と文
・1つの文があるところに1つの言表があるとは言えない.
Ex)植物図鑑は言表から構成されているが,文から構成されてはいない.計算式は言表だが文ではない.系統樹,会計帳簿,貿易収支,グラフ,分布図・・・.
⇒1つの言表を,文の文法的特徴によって定義することは不可能である.
(3)言表と言述行為
・言述行為とは,イギリス言語学派のいう「スピーチ・アクト」「発話内」行為
Ex)約束,命令,契約,確認といった表現が出現する際に表現そのものによって実行された操作.言表があったという事実そのものによって生じたもの.
⇔1つのスピーチ・アクトを実行するためには,しばしば1つ以上の言表が必要である.
⇒言表の総体と,発話内行為の総体とのあいだに,一対一の対応関係を打ち立てることはできない.
(4)言表と言語体系,そして記号
・言語体系は記号の集合とともに存在するが,言表はそうした意味で存在しない.
→言表がなければ言語体系は存在しないが,言語体系が存在するために欠かすことのできない言表など1つもない.言語体系は,可能な言表にとっての構築のシステムとしか存在しない.
⇒言語体系と言表とは同じレヴェルで存在しているのではない.
・諸記号が1つの言表を構成することはない.
Ex)タイプライターの上の記号はあくまで道具.
⇔乱数表は言表.タイプライタの文字列が,マニュアル上で列挙された場合,言表である.
→以下の否定的な結論
①1つの言表を形成するために,言語学的な規則にかなった構築は必要ない.②しかし,だからといって,言語学的諸要素や諸記号が出現したとしても,それは言表ではない.
⇒言表は言語体系と同じ様式で存在するわけでもないし,近くに与えられる任意の対象と同じ様式で存在するわけでもない.

3.機能としての言表
・以上のネガティブな結論を受けて,フーコーは次のような仮説定義を提示する.

いろんな要素のなかの一つというよりも,また,分析のある一つのレベルにおいて標定されうる切り分けというよりも,言表において問題になっているのはむしろ,一つの機能である.すなわち,それらの多様な単位に対して垂直に作動し,それらが諸記号の連なりのなかに現前しているか否かを言うことを可能にするような,一つの機能が問題であるということだ.
(: 164)

→言表は構造ではなく,記号に固有のものとして帰属する一つの存在機能である.
・機能と捉えることで,記号が意味を持つのか否か,いかなる規則によって継起したり並置されたりするのか,何の記号なのか,言述されることでいかなる行為が実行されるのか,といったことを分析することができる.
⇒「この機能そのものを,すなわち,この機能のはたらき,その諸条件,それを制御する諸規則,それが実行される領野を,これから記述しなければならない」(: 164)

[文献]
坂本百大,1986,「編者解説」『現代哲学基本論文集Ⅰ 双書プロブレーマタ⑥』勁草書房,241-256.

*1:フーコーは他にも「現在のフランス国王は禿げ頭である」という例をあげているが,これはB・ラッセルの「指示について」という論文で提示された事例である.本論文が収められている『現代哲学基本論文集Ⅰ』の解説によれば,ラッセルの哲学的功績の1つは,「存在」「対象」「指示」というような概念に対して,数理論的な分析をおこなったことにある.それまで,マイノングの対象論が広く支持されていたが,そこでは,語句の指示対象はすべて「存在」とみなされていたため,「丸い四角」のような矛盾した存在も認められていた.これに対し,ラッセルは,上記論文で,言語表現における指示句はそれ自身,単独には意味を持つものではなく,それが命題のなかに置かれてはじめて,意味を持つものであり,指示句の指示対象は必ずしも実在せず,論理構成であるという視点を打ち出した(坂本百大 1986: 244-5).