幸福なポジティヴィスト

考古学/Archaeology×メディア社会学/Media Studies×戦争社会学/Sociology of Warfare

佐藤俊樹,2010,『社会は情報化の夢を見る』「第1章 情報化社会は来なかった……」

<書誌情報>
佐藤俊樹,2010,「1 情報化社会は来なかった……」『社会は情報化の夢を見る』河出書房新社,36-85.


1.本章の課題
・情報化社会という言葉は,情報技術の刷新が社会を大きく変化させてきたという物語を含んでいる.一見それは正しいように見えるが,ここでは,従来の情報化社会論に議論をたどり直し,「情報化社会」という考え方を批判的に考察し,なぜこうした考えが信じられているのかを示す.また,情報技術と社会の関係性にも言及する.

2.「情報化社会」論の再検討
・「このテクノロジーが社会を変える」という話は,50年以上前から言われ続けている.

①情報社会の到来が近代産業社会を終焉させる論
・1971年,『講座情報社会科学8 情報化社会論1 情報化社会の産業システム』学習研究社
→農業社会から工業社会へ,そして脱工業化の文明後社会への転換へ!産業資本主義システム終わる
1984年,『ハイテクノロジー未来社会』中山書店.
→情報革命,新産業革命,第3の波(懐かしい響き!)は,農業革命,産業革命の次のパラダイムシフトだ!中央集権的国家,マス市場,マス・メディアの周縁(A・トフラー)
・1994年,『テクノカルチャー・マトリクス』NTT出版
→情報社会は人間を工業技術上の問題にしてしまう.脱人間中心化.
⇒こうした産業資本主義,中央集権的国家,自律的個人はいずれも近代産業社会の基幹制度である.すべての議論が近代産業社会の周縁に行き着くが,変わる部分はすべて異なる.

②情報社会の到来はより便利に,個人の平等をもたらす論
・1971年,通産省重工業局スタッフ『ソフトウエアの話』日経新書.
→物的価値より知識・情報価値が相対的に重視される.程度の差.
・1985年,経済企画庁『高度情報化シリーズ1 高度情報社会の業際展望』大蔵省印刷局
→社会,経済,行政の効率的・合理的な運営.便利になるy.
・1994年,通産省機械産業情報局『高度情報化プログラム』コンピュータ・エージ社
→あらゆるものが平等に情報の入手・処理・発信ができる.個人ベースの社会の到来.

・これら2つの系統の議論を,
①情報化社会とは,近代産業社会の後にくるもの,いわばポスト産業社会.
→以下「ポスト近代社会」
②情報化社会とは,近代産業社会の1つのヴァリエーションであり,一部が更新された工事の近代産業社会論.
→以下「ハイパー産業社会」
・二系統の異なる情報化社会が同時に混在している状況に目を向ける.
⇔この2種類の異同は早くから指摘されてきた.
⇒2種類の「情報化社会」は,早い段階から混在が指摘され,それぞれの性質の違いが理解されていたにもかかわらず,なぜ現在でも平和共存しているのか?

・空虚なシニフィアン=ゼロ記号としての情報化社会
・情報化社会には実体がなく,その都度イメージされている空虚なもの.
→「情報化社会」というシニフィアンに対して,意味される側がないシニフィエの欠如,つまり「空虚なシニフィアン」として「情報化社会」が流通していることになる.
→確たる中身がないことで,どんな中身でも「情報化社会」となれる危険性を持つ.言葉は変わらないが,その内実の変化や異同に誰も気づかず,平和共存ができる.
⇒情報社会とは何かを問うても,真の情報化社会はそもそも存在しない.

3.技術予測に基づく社会予測
・既存の未来社会論は,歴史の発展法則や社会進化の方向性
⇔これに対し,情報化社会は「技術」という実体に基づき未来を予測した.
⇒技術予測に基づく社会予測が情報社会論である.

科学技術庁に基づく技術(発展)予測(1971)
→予想的中分野は,「シュミレーション実験」「情報の保護システム」「オペレーティングシステムの標準化」
⇔外れた分野は,①AI(人工知能)今現在も実現されたとは言いにくい.②小型化・携帯化の対象にコンピュータが入っていない.今じゃスマホ
→1971年の時点でmダウンサイジングやネットワークを支える基礎技術はすでに開発されており,その実用化が模索されていた段階にある.したがって,科学技術庁の予測は完全にそれを取りこぼしていた.

・技術予測は2つの予測の組み合わせ
→①「技術実現予測」現在の技術水準からみてどれくらいいけるのか?②「技術普及予測」どんな技術に対して社会の側のニーズが出て来るのかを予測する.
⇒実現可能な技術全てが実現するのではなく,社会的ニーズを得たものだけが新技術として普及していくということになる.
→AIの予測失敗の原因は,社会的ニーズは満たしていたが,技術実現予測を外した.逆にコンピュータの小型化は,技術普及予測を外したということになる.
⇒技術普及予測が成功するのか否かにかかっている.「技術普及予測」は社会のニーズについての予測であるから,予測の対象は「技術」ではなく「社会」である.言い換えれば,技術に関する社会予測である.

・技術決定論と情報化社会
→技術が社会を変えるという技術決定論を情報化社会論は取り続けている.表向きの技術決定論も裏側では社会予測を立てる必要がある.しかし,社会予測を表向きにできないため,その内実の検討は甚だ不十分にならざるを得ない.

情報化社会論は,本当は,技術予測に基づいて未来社会を予測しているわけではない.「情報化社会」の内実については出来あいのイメージを借りてきて,それに合わせて技術予測をやってきたのだ.そのうえで,技術予測によってその未来社会イメージが導き出されたふりをしていたにすぎない.(佐藤 2010: 59)


4.電脳社会論とメディア社会論
①電脳社会論
国家でも企業組織なんでもいいが,ある社会の「頭脳」をコンピュータシステムで置き換えることで社会が変わっていく.システム社会,AI(人工頭脳)
→脳が体をコントロールするように,AIが末端の端末を統制する.国などの権力主体が末端を高度に組織化し,1つのシステムをつくっていく社会モデルと同じ.
②メディア社会論
社会の神経=コミュニケーションの流れをコンピュータシステムに置き換えることで社会が変わっていく.ネットワーク社会
→分散した端末がネットワークでつながることで1つのシステムとなる.分散した自由な個人がネットワークでつながるという社会モデルと同じ.
⇒テクノロジーのモデルと社会のモデルがアナロジーの関係にあることが,錯覚を引き起こした.
⇔こうしたモデル通りに動く組織や国家などない.合理性の極みである官僚組織や軍隊も,うまくつながっていない.
⇒集中や分散のアナロジーの中身が,コンピュータシステムと社会の仕組みでは異なることを示している.
Ex)社会が縦割り型の階層型であれば,そこで使われるコンピュータも縦割り階層型である.学校とか会社とか.

5.神話の解体
・情報化社会の正体は,出来合いの未来社会のイメージを,適当なテクノロジーのモデルでアナロジーにして,テクノロジーの進歩が,社会の変化をもたらしたかのような錯覚させている.
→情報技術と未来の社会のイメージを流行に合わせて,その都度入れ替えていき,記号の差異による欲望の喚起が情報化社会論の流行を支えている.低価格で大量の商品を売るだけでは市場は飽和してしまう.したがって,モデル・チェンジという差異によって,新しい購買意欲をそそり,大量生産―大量販売―大量消費の循環システムが近代産業社会を特徴づける.この差異とは,シニフィアンシニフィエからなる記号の差異である.こうした点からも,情報化社会論自身が近代産業社会の申し子であるといえる.

情報科学と情報化社会論
・情報化社会論は,「システム」「ネットワーク」「アーキテクチャ」といった横文字を語ることができれば,現代社会を説明できるという強みをアピールしてきた.
⇔情報技術や科学技術では「社会」を説明できない.
→数学的モデルをそのまま社会に当てはめることはできない.
⇒アナロジーは想像力の喚起という役割を持つが,それをそのまま引っ越しさせることはできない.


6.結論
Q 「情報化社会」とは何か?
・「情報化社会」論の系譜には,「ポスト近代社会」と「ハイパー産業社会」の2系統が存在するが,それらは「情報化社会」という空虚なシニフィアンのなかで実体をもたず流通している.「情報化社会」には,人々の未来社会への願望がその都度中身を入れ替えられて流通している.したがって,情報化社会とは何かを問うても,真の情報化社会はそもそも存在しない.

Q 「情報化社会」は定義をもたず,都合よく中身が入れ替えられるものであるにもかかわらず,なぜ強く信じられているのか
・「情報化社会」論の性質の1つは,技術予測に基づく社会予測を立てる未来社会論の1つである.既存の未来社会論に比べ,実際に存在する技術(テクノロジー)に立脚して社会の行方を予測していると考えられているから.
⇔技術予測には,現在の技術水準からみてどれくらいいけるのかを予測する「技術実現予測」と,社会の側のニーズはどのような技術に向けられているのかを予測する「技術普及予測」という2つの予測に基づいて行われている.したがって,実現できる技術全てが実用化されているわけではなく,社会がその技術をどう使うのか,どのような技術を必要としているのかという点が考慮されなければならない.言い換えれば,ここで予測されているのは「技術」ではなく「社会」であり,「技術予測」とはすなわち,技術に関する社会予測と言える.
・「情報化社会」はAI的アナロジーによって,技術と社会の関係性を錯覚させてきた.情報技術の仕組みで社会を読み解くことで,あたかも技術の変化と社会の変化がイコールで説明できるものと思われる.これが説得性の1つである.こうしたAI的アナロジーを使い,技術と社会の関係を強引に技術決定論へ読みかえてきたのだ.

Q 情報技術と社会の関係性とは?
・技術を使うとき,私たちはその技術の使い方を選択しているのだから,技術の問題ではなく,社会の問題であり,その構成員であるわれわれの選択であり,責任であることを忘れてはならない.情報化社会論は,自らの選択を技術のせいにしており,我々が社会の仕組みを考えないための魔法の言葉となっている.したがって,現代の社会問題はネットやテレビや新聞といった諸マス・メディア,SNSといったテクノロジーではなく,それを使うわれわれの問題である.これはメディアだけではなく,テクノロジー全般に通じる問題である.原子力発電所の問題も,技術の優劣ではなく,社会的コンテクストの上に立つ問題であるというしざがあるだけで,異なる読みができるかもしれない.今一度,情報技術と社会のかかわりを考えていこう.



[参考]
技術決定論・技術の社会決定論など,技術(テクノロジー)と社会の関係性については,前記事でも言及してる.
chanomasaki.hatenablog.com