幸福なポジティヴィスト

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和田春樹,2014,「慰安婦問題――現在の争点と打開の道 」

<書誌情報>
和田春樹,2014,「慰安婦問題――現在の争点と打開の道 」『世界』860号,115-124.
和田先生本人のHPに全文が掲載されている.以下ホームページ.
和田春樹のホームページ


1.本論の課題
 2014年は河野談話の作成過程についての検証チームが設置され*1,その検証結果は2014年6月20日に報告書としてまとめられた(河野談話作成過程に関する検討チーム,2014年6月20日,「慰安婦問題をめぐる日韓間のやり取りの経緯――河野談話作成からアジア女性基金まで」*2).和田の論稿はこの河野談話検証チームの「報告」に関するレビューになっている.
 結論から言えば,和田は「報告」の内容と結論は大筋において妥当であると評価した。特に河野談話を批判する際の主要な2つの議論が,今回の検証結果によりその妥当性が失われたことが明らかになり,河野談話を攻撃する勢力の敗北が見えたことが評価ポイントの一つのようだ.
 報告書の結論を簡潔に示すと次のようになる.
 まず,第一の論点である日韓両政府による文言のすりあわせに関して報告書は,資料調査、関係者への聞き取り調査などをふまえて得られた「『強制連行』は確認できない」という認識に立ち,事実関係を歪めることのない範囲で韓国政府と河野談話の文言をめぐる調整に臨んだという.調整の際,慰安婦募集について韓国側は「軍または軍の指示を受けた業者」が当たったという文言を提案したが,日本側は軍の意向を受けた業者が主としてこれを行ったことであるという事実認識に立ち,軍を募集の主体とすることは受入れられないと拒否.最終的には,「設置については、軍当局の『要請』により設営された,募集については,軍の『要請』を受けた業者がこれに当たった」という表現に落ち着いた.また「お詫び」の文言については,韓国側から「反省の気持ち」を追加することが要望され,日本側はこれを受け入れている.そしてすりあわせの核の部分である慰安婦募集に際しての「強制性」については,談話作成までにも日本政府は韓国側の要請に対してその期待に応えるべく相当な歩み寄りがあった.1992年7月6日の加藤談話発表後も韓国世論の厳しい見方が消えないことを受け,10月中旬に行われた日韓の事務レベルのやりとりで,日本が新たに問題解決のための具体的措置を盛り込んだアイディアを伝達すると,韓国側からは「強制の有無は資料が見つかっていないからわからないとの説明は韓国国民からすれば形式的であり,真の努力がなされていないものと映る」などの反応があった.この反応を受け,「『強制性』については明確な認定をすることは困難なるも,『一部に強制性の要素もあったことは否定できないだろう』というような一定の認識を示す」などの方針を盛りこんで韓国側に伝達したという.以上のようなすりあわせが重ねられ,最終的に「全体として個人の意思に反して行われたことが多かったとの趣旨で『甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して』という文言で」調整されたという.
 もう一つの焦点だった韓国人元慰安婦16人の証言の位置づけについて,報告書は「事実究明よりも,(中略)日本政府の真相究明に関する真摯な姿勢を示すこと」にその意図があったこともあり,「事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった」とする.さらに聞き取り調査が談話に影響を及ぼした可能性については,「聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており,聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」とし,その可能性を否定した.

2.報告書の問題点
 一方でいくつかの問題も挙げている.それらは第一に,1991年12月7日の日韓局長会談において金錫友外交部アジア局長が慰安婦問題の真相究明を日本政府に要求し10日には大使を呼んで再度要求している経緯が,今回の「報告書」では欠けていることである.和田によれば,慰安婦問題が提起された当初求められていたのは真相究明であり,それを「日韓両政府の協力で真実を明らかにしようというこのような努力の結果として,河野談話は生まれた」と河野談話の性格をあげ,「日本側がまとまった内容を韓国側に見せて,意見を求め,妥当と思われる提案を受け入れたのは当然のこと」と主張した.
 また「報告」の構成が,アジア女性基金関係の経緯にも及んでいる意味を分析する.河野談話否定論調((代表的なものとして2011年10月17日付『読売新聞』社説をあげる)のなかに「河野談話を“根拠に”設立されたのがアジア女性基金だった」のだから,基金には「歴史的事実の冷静な検証が欠けていた」,基金の「韓国での事業は挫折した」、民間募金で集められた資金は「主にフィリピンや台湾の元慰安婦に支給され」たという見方が根強く存在していると分析し,それへの反論を試みている。
 和田はまず、「たしかに河野談話を根拠にして、日本政府が実施した謝罪と償いの事業がアジア女性基金の事業だった」ことは認めつつも、基金が対象とした「慰安婦」の認定定義は「慰安婦という存在の核心は、軍の慰安所などで「慰安婦」たることを強制されたということにあるとの認識を確立させ、それに立って事業を進め」たものであり、そのため、韓国と台湾では「自らの意思に反して慰安所に送られ、苦しみを受けた」方に、フィリピンでは「日本軍兵士によって村や町から拉致連行され、兵営近くの建物に一定期間監禁され、性的な行為を強制され、事実上連日強姦された」方に、オランダでは「日本軍の収容所から日本軍人によって選び出され強制的に慰安所に送られ、「強制売春」をさせられた」方に事業を実施したのだと主張した。
 また、「償い金」の額が200万円となったことで資金不足が懸念されたが、原理事長が橋本総理に償い金の支払いに不足することがあれば、政府が責任をもってくれるように申し入れ、承諾を受けていることは民間募金という基本コンセプトは修正されたことを示していると主張した。
 さらには、韓国人元慰安婦基金を受け入れを表明し、六〇人が受け入れたことは、不十分な結果だとしても、その六〇人受け入れの事実を否定することはできないとし、「河野談話に基づいて慰安婦被害者に対する謝罪と償いのために努力した基金の事業は正当に評価されなければならない」と批判がきちんとした事実に基づいたものではないことを指摘した。
 最後に和田は慰安婦問題解決に向けた考察をしている。和田にとって解決とは両首脳が話し合って、トップダウンで解決策がだされるようなものではなく、「韓国と日本の市民、社会の側が徹底的に話し合って、見つけ出し、それを両政府に提示しなければならない」もので、その解決案は「なにより被害者ハルモニの心に響くもので」、また「挺対協などの韓国の運動体が受け入れうるもの」でなければならず、「韓国の政府と国民の中核部分に受け入れてもらえるもの」で、「加害国日本の国民の中核部分に支持され」、「日本外務省の受け入れうるもの」であるとする。つまり、被害国と加害国の政府と国民の合意と協力が必要であるとするのだ。
 そしてそのような解決策として民主党政権時代の解決案を提案した。そのおおまか内容は①日韓首脳会談で協議し、合意内容を首脳会談共同コミュニケで発表する。②日本首相が新しい謝罪文を読み上げる。従来は「道義的責任を痛感」すると述べていたが、「道義的」をのぞき、国、政府の責任を認める文言にする。③大使が被害者を訪問して、首相の謝罪文と謝罪金をお渡しする。④第三次日韓歴史共同研究委員会を立ち上げ、その中に慰安婦問題小委員会を設けて、日韓共同で研究を行うように委嘱する。というものだった。
 さらに、挺隊協は二〇一四年五月に第一二回会を開催したが、そこで「日本軍『慰安婦』問題解決のために」という決議を採択した。そこでは、「被害者が望む解決で重要な要素となる謝罪は、誰がどのような加害行為を行ったのかを加害国が正しく認識し、その責任を認め、それを曖昧さのない明確な表現で国内的にも、国際的にも表明し、その謝罪が真摯なものであると信じられる後続措置を伴って初めて、真の謝罪として……受入れられることができる」とし、さらに「日本政府が『河野談話』を継承・はってんさせ以下のような事実を認めた上で、必要な阻止を講じることを求める」としている。認められるべきは「①日本政府及び軍の施設として『慰安所』を立案・設置し管理・統制したこと。②女性たちが本人の意思に反して『慰安婦・性奴隷』にされ、『慰安所』などにおいて強制的な状況の下におかれたこと。③日本軍の性暴力に遭った植民地、占領地、日本の女性達の被害にはそれぞれに異なる態様があり、かつ被害が甚大であったこと。そして現在もその被害が続いているということ。④当時の様々な国内法・国際法に違反する重大な人権侵害であったこと」である。
 後続措置としては①明確な公式的な方法での謝罪、②謝罪の証としての被害者への賠償、③真相究明、④再発防止措置が挙げられている。
 以上の挺対協決議は、「韓国と日本の運動体が今日いかなる解決策を求めているかがはっきりと提示」されているため、これを中心において解決策は検討できるのであるから、注目すべき提言としている。

*1:2014年2月20日衆議院予算委員会において河野談話作成に関わった石原信雄が参考人として出席し,談話作成時の経緯を説明した.石原氏によると,慰安婦問題の調査の結果,強制的な募集を裏付ける資料はなかったが,韓国側の依頼に応じる形で元慰安婦16人から聞き取り調査をすることになった.その結果「募集の過程で官憲が関わったなどと証言する慰安婦の方がいて,それをもとに最終的な河野談話としてまとめた」という.さらに「主として募集は業者が行って,その業者の募集の過程で官憲とか軍が関わった可能性があるという証言になっている.日本政府・日本軍の直接的な指示で募集したことを認めたわけではない」とも述べた(『朝日新聞』2014年2月21日付).以上の答弁を受け,菅官房長官は28日の衆議院予算委員会で,「政府の中で,全く秘密の中で検討チームを作り,もう一度掌握し,この問題についてどうするか,しっかりと検討していきたい」と述べ,政府内に検証のためのチームを設置することを示した(『朝日新聞』2014年3月1日付).一方で談話の見直しには言及せず,政府として継承することを確認した(『朝日新聞』2014年3月14日付夕刊).

*2:報告書全文https://www.mofa.go.jp/files/000042173.pdf https://www.mofa.go.jp/files/000042173.pdf最終確認2019/04/24