幸福なポジティヴィスト

アイコンの作者忘れてしまいました。

津田正太郎「第5講 メディアは資本主義といかに結びついてきたのか」『メディアは社会を変えるのか』

<書誌情報>
津田正太郎,2016,「第2講 国家はいかに情報ネットワークを活用してきたのか」『メディアは社会を変えるのか——メディア社会論入門』世界思想社,43-53.

メディアは社会を変えるのか―メディア社会論入門

メディアは社会を変えるのか―メディア社会論入門


1.資本主義の勃興とマス・メディア
活版印刷術の発明による文字の統一
→学者用,境界用,役人用,作家用などの,文書の種類によって印刷に用いる活字を使い分ける必要があったが,ローマン体に統一されていく.

ラテン語出版から俗語出版へ
支配エリートが使うラテン語の書物のために使われていたが,ラテン語の市場はすぐに飽和してしまう.資本主義は大量に生産し売りさばくというシステムであり,新しい市場を開拓する必要があった.そこで開拓されたのが俗語=民衆の言語の出版市場である.多様な俗語をまとめ1つの「出版言語」を創出し,できるだけ多くの市場を開拓する.これによって,コミュニケーションができるはずの同胞が無数に存在しているという想像力が喚起される.

→資本主義の発達が文字の文化,活字の文化,言語の文化を変容させた.

2.消費社会の出現
・この段階での資本主義は,「同じもの」を大量に作り出し,大量に販売することで成り立っていた.ところが,儲けるためには大量つくるだけではなく,それを買ってもらわなければならない.そこで,消費者の「欲望の創出」などを通じて,新しいものを消費してもらうことが,資本主義経済のサイクルを常に回転させ続けることにとって不可欠になった.
 この欲望の創出に関わるのが,記号の差異である.つまり,既存のものと何か違うこと,ほかの人とは違うものなどの差異をもとに欲望を常に生み出し続けるサイクルが出来上がる.

・記号とは恣意的なもので,そうした恣意的なものを共有するために必要なのがコード.スタバ=おしゃれという記号は,他との関係性,差異によって成り立っている.記号には,恣意性,他との差異によってなりたっているという2つの重要な性質がある.

・「記号」の差異を通じた欲望の創出.
→車の性能,安全性だけではなく,かっこいい,かわいいといった乗るだけなら関係のない「記号」としての価値が重要になってくる.衣服は体温調節の機能ではなく,他人からどう見られるのかが重要な意味を持つ.パーカーが本質的におしゃれということはありえない.記号としてのパーカーが帯びる意味の方が重要で,それは固定的なものではなく,入れ替えることが可能で,その時々の流行,文化によってかわる.

・記号の消費
主体がその欲求を満たすためにものを消費するという欲求の充足モデルではなく,差異としての記号消費であることが重要.

3.消費社会とマス・メディア広告
・階級上昇を思わせる広告
中流階級の証としてのピアノ
・個性を重視する広告
→カスタイマイズ可能な手帳で,あなただけの手帳を
・リスクの創出
→雑菌,黄ばみ,歯槽膿漏,英語のスキル,予防保健


4.論点
差異の欲求ということであれば,ヴェブレンのいう「顕示的消費」と何が違うのか.
顕示的消費とは,モノの使用的価値よりも高価なものを消費できるんだ!という地位を見せびらかすための消費.
ただし,顕示的消費は個人の戦略を説明する射程を持っている一方で,ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』などは,個人の消費実践によって,個人が際の秩序の中で位置づけられ,社会的な価値の差異を構造的に生み出しているという構造主義的な分析に射程を伸ばしているところが本書の面白ポイント.コード化された価値の生産と交換のシステムの中に意図せず回収されてしまう.

chanomasaki.hatenablog.com


こうした価値のシステムは,もはや規範的であり,個人を従わせる統制であり,制度である.意識的な主体は,こうした規律に訓練された,従属化した主体である.やっかいなところは,そうした価値システムのなかで,能動性,自発性,選択なる概念で自分の行為を説明できるという点で,規律の内面化による従属には気づかない.

・消費社会からの脱出.
愚直な学者の書いた本,職人の技,などなど,モノの本質的な価値を生み出していると言われているものが,「消費」のなかでは,差異による意味を生産し,消費社会の中にからめとられてしまう.自然や文化,果ては悲惨な過去までが市場化されている.グリーンツーリズムアウシュビッツのダークツーリズムなど.

全ては記号消費としたボードリヤール流の消費社会論は,現在では見る影もなくなったが,学説史を知らない私にとって,こうした議論は面白くもあり,また変容を認めないつまらなさというか,閉塞感を覚える.

[参考]
若林幹夫,1989,「ボードリヤール『消費社会の神話と構造』」杉山光信編,1989,『現代社会の名著』中央公論新社,44-56.

現代社会学の名著 (中公新書)

現代社会学の名著 (中公新書)

竹内洋,2008,『社会学の名著30』筑摩書房,106-112.