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高橋三郎「戦争研究と軍隊研究」

高橋三郎,1974,「戦争研究と軍隊研究——ミリタリー・ソシオロジーの展望と課題」『思想』605.(再録:2013,『戦争社会学の構想——制度・体験・メディア』勉誠出版,43-76.)

戦争社会学の構想 ―制度・体験・メディア―

戦争社会学の構想 ―制度・体験・メディア―



1.はじめに
・高橋は先行研究の物足りなさを、従来の戦争研究で語られていることとわれわれが身近に体験していることとの間にずれを感じることと指摘した。つまり、戦争についてのこれまでの「理論」では、戦争にかかわりをもつ様々な人々の意識や行動を十分に説明していないのである。
→戦争研究における理論の欠落。
・一方で、第二次大戦後はミリタリー・ソシオロジーという研究領域が確立されている。
・こうした状況に鑑みて、本稿ではミリタリー・ソシオロジーの系譜をたどりながら、戦争研究と軍隊研究の接合について問題提起を試みるものである。

2.ミリタリー・ソシオロジーの系譜
・1950年代ごろから出現し、アメリカとドイツにおいて、社会学の研究分野を指す。
・ミリタリー・ソシオロジーは、第一に軍隊の社会学的研究、つまり「軍隊社会学」を指している。第二に、より広義には「戦争社会学」と言われる領域を指す。
→これらは理論と方法において簡単に接合する領域ではない。
・高橋は戦争研究を5つの分類し、見通しを立てている。
(1)19世紀—一次大戦……戦争の哲学
(2)大戦間……戦争社会学
(3)二次大戦以降……平和研究
(4)        攻撃性研究
(5)        軍隊社会学

(1)戦争の哲学
・高橋は一次大戦以前の戦争研究を「戦争の哲学」と概括する。
→政治哲学などの戦争論を指し、戦争についての価値評価が中心である。近代の戦争の全体化傾向が、分析の対象となる。
ギリシア以来の戦争についての言説の整理分類される。
→戦争否認論と肯定論(弁護論)
・戦争弁護論は2種類に分類できる。1つは戦争が何らかの利益をもたらすがゆえに戦争を肯定讃美するものである。もう1つは戦争そのものに「魅力」があるとするものである。
→「戦争が建設的・文化的だとするかぎりで、これを高揚した」。カントンとユンガーらの系譜は、戦争の社会的機能をめぐる評価ではなく、個人の内的体験であることに注目する。
・戦争の魅力に関する分析
→戦争をすることでどのような欲望が満たされるのか?
Ex)スタインメッツの5つの精神的特性、ジェームスの「戦争の道徳的等価物」、フリューゲルの4つの魅力、グレイの3つの魅力。

(2)戦争社会学
・戦争社会学は主に戦争原因と影響・効果を研究する社会学的領域。スタインメッツの『戦争社会学』(1929)から一般化する。
→スタインメッツは戦争社会学の目的を戦争の起源・本質、戦争の機能・効果を明らかにすることによって戦争についての法則を導き出すことにあるとしている。
・王道的な社会学は戦争をどう扱ったのか。
→社会や国家の発展や進化に戦争や闘争が重要な役割を果たしたと指摘する。つまり、戦争そのものよりも戦争によって変化する社会構造に注目する。例えば家族の解体や犯罪の増減、人口問題といった視点から戦争に言及した。

(3)平和研究
・1960年代後半から「平和研究」(Peace Research)が新しい研究領域を指す言葉として使われ始めた。
→1950年代から60年代にかけての平和研究は、戦争と平和についての研究の総称であり、その実質的な内容は国際政治学的な研究。
・「平和」概念、平和研究の内容についての検討。
→平和は「単に戦争がない状態(「消極的平和」)から、搾取や抑圧のような社会的不正〈J・ガルトゥングのいう「構造内暴力」(violence structuelle)〉が存在しない状態(「積極的平和」)をも含む」ものとされた。(57)
⇒「平和」概念の検討・拡張によって、従来の戦争研究とは異なる研究領域であることを画定した。つまり、軍縮や経済搾取、南北問題や社会変革までをも包摂する。

(4)攻撃性研究
・K・ローレンツは攻撃性(aggression)という概念を使い、同じ種の仲間に対する闘争の衝動を人間に認めた。
→本能論・新生物学主義として、行動主義的心理学、得意社会的学習理論の立場から強い批判。攻撃本能を認めることで、平和への努力を否定することになるというイデオロギー的批判が起こる。
・攻撃性理論の3類型。①欲求不満—攻撃説、②社会的学習説、③本能説
・戦争の原因と本能との関係性についての論点。本能説の理論的欠落がある。「すなわちなぜ人間すべてが常時闘っていないのか、『何百万の市民の個人的な生来の特性や衝動がある特定の時間に特定の敵に対する戦争状態に突然凝結するのはどうしてなのか』という問題である。」(61)

(5)戦争の条件
・戦争の本質的である「戦う人間」という視点の欠落。戦争を成立させているようとしての人間を分析する視座は、従来の戦争研究に欠落していた。この視座とは戦争の条件を問うことである。
→W・レヴィ「それがいかなる原因に基づくものであるにせよ、戦争が現実に開始され、遂行されるためには、いかなる状況が存在していなければならないか、そしてそれはどのようにして形成されるのか」という問いに答えることを意味する。
・人間と戦争のかかわり方の条件論。第一に戦争開始を決定する人間、第二に軍隊において戦う人間、第三に銃後で戦う人間である。
・戦闘の主体は正規兵力、つまり軍隊である。これが総力戦=戦争の全体化によって銃後で戦う人間を発生させた。そして戦力最大化の要請に基づき動員がかけられ、1つの急進的な社会構造をもたらすことになる。人、精神、物資の動員を通じて、「国家的攻撃性」あるいは「戦時体制」が形成される。こうした背景なくして軍隊は戦闘できない。一方で、こうした体制を作り上げるためには、その意志を表明し、戦争を始める人間、そして終わらせる人間がいることを示している。
→原因・影響研究の一部は条件研究として整理し直すことができる。また平和研究のような国際関係論もプロセス分析として条件研究となる。さらに戦う主体の軍隊研究が必要になる。
※高橋はここでもって、これまでの先行研究を、戦争の条件研究を軸にして整理・再構成することで、筆者のいう緩やかなミリタリー・ソシオロジー研究として展開できるのではないか、という問題提起をしているのではないか。

3.軍隊社会学
・「軍事心理学」から発展し、軍隊社会学は1960年代初めに定着する。
→第二次大戦以降は、組織集団としての軍隊内部の分析を特徴とする。これらを軍隊の内部的アプローチとする。主なテーマは士気と軍隊生活への適応、軍隊組織、小集団での戦闘効果。
⇔軍隊と社会の関係を研究する、外部的アプローチは1950年代に盛んになる。主なテーマは軍隊の政治的コントロール、ミリタリズム、軍隊と革命、新興国における軍隊の役割。
・軍隊社会学5類型。①軍人、②軍隊、③軍制、④シビル・ミリタリー・リレイションズ、⑤戦争。
・軍隊研究の功績は、戦争の機能と軍隊の機能とを区別して分析できるような視座を提示したこと。先の条件研究的観点からすれば、内部的アプローチは戦闘行動の準拠枠を明らかにし、組織や装置、教育や訓練といった様々な要素を結び付ける理論的枠組みは攻撃性理論が提供する。そして外部的アプローチは、戦争政策決定に当たって軍隊と社会との関係がどのような影響を及ぼすのかということになる。

4.むすび
・戦争、あるいは軍隊を肯定するにせよ、否定するにせよ、その対象を科学的探究する必要がある。科学的な議論を抜きにして軍事組織を維持することほど不幸なものはない。


5.コメント
・筆者が提示した緩やかな「ミリタリー・ソシオロジー」は、軍隊研究と戦争研究の接合を目指している。そうした問題提起の上で、従来の戦争研究の系譜を論じている。いうなれば、本論文は、「日本における軍事社会学宣言」(野上元 2013: 81)である。
・戦争の哲学の中から戦争の「魅力」研究を取り出し、軍隊の「魅力」と関連付けた。私はあほなどでここの説明がもう少し欲しかった。
→後の現代思想における論稿「戦争の『魅力』はどこにあるか」(1981)が詳しい。すなわち戦後の大衆文化としてのミリタリーカルチャーの研究の視覚になっている。軍事と関係なさそうに見えるものでも、平時には無害に見えるものでも戦争の条件となる差別や偏見を助長する文化要素を分析できる。高橋三郎が後に戦友会をテーマにした戦争体験の媒介作用に注目しているのには、筆者の本論文での宣言からの一貫した研究姿勢である。

参考文献

「戦記もの」を読む 戦争体験と戦後日本社会 (ホミネース叢書)

「戦記もの」を読む 戦争体験と戦後日本社会 (ホミネース叢書)