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吉見義明,2014,「河野談話検証は何を検証したか」

吉見義明,2014,「河野談話検証は何を検証したか」『世界』860: 110-114.

世界 2014年 09月号 [雑誌]

世界 2014年 09月号 [雑誌]

本稿の課題は河野談話検証の目的と結果、そしてこの検証にどのような問題があるのかということを検討することにある。吉見は検証の目的と結論をわかりやすく三点にまとめている。「報告」は石原信雄元官房副長官の証言の検証を目的としており①元慰安婦の聞き取り調査結果について、裏付け調査は行っていない、②河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった、③河野談話で決着したはずの問題が最近韓国側から提起される状況を見て、当時の日本政府の善意が生かされていないことは残念だ、という三点だ。
 このうち、①について「報告」は聞き取り調査を根拠に河野談話が作成されたのではないことを明らかにした。吉見はこの結論を受け「「元慰安婦一六人の証言だけに基づいて募集時の強制を認めた」といて河野談話を非難し、見直しを求めていた人たちの主張は、完全に崩壊した」と検証の意義の一つとしている。
 次に②については「報告」が河野談話作成において、日本政府の立場から見た「歴史的事実」・「事実関係」を歪めるような譲歩は一切していないことを明らかにした。吉見はこれをうけ、「事実関係のすり合わせをした結果、不当な譲歩をしたという主張も根拠がないことが明らかになった」とコメントした。これが第二の意義になるだろう。
さらに、強制連行に関して、「報告」では、慰安所の設置について「軍の「指示」は確認できない」としてこれを受け入れず、「「要望」との表現を提案した」とある。これが河野談話では「軍当局の要請により」という表現になるのだが、慰安所を軍が設置したというのは、当時においても資料的に明らかになっていることから「業者は手足として使われたのであり、主役は軍」だった、と吉見は慰安婦問題における軍の位置づけ示し、河野談話では軍の責任に関して、やや曖昧な表現をとっているが、本来は「本件は、当時の軍が、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」とすべきであると主張した。また、当時刑法上の重い罪であったにもかかわらず、誘拐または人身売買の被害に遭った女性を解放せずに、被害女性を軍の施設に入れ、軍人の性の相手をさせ、かつ業者を逮捕しなかったことは、軍の重大な責任であったとし、「日本側は、事実を直視せず、重大な人権侵害を行った主体は誰であるかということをあいまいにしていたということが、「報告」によって確認」されたとする。
 以上のように、吉見は今回の検証によって河野談話の無力化を図る主張の根拠が否定されたこと、日本政府の歴史を直視しない姿勢が明らかになったことは検証の意義であるとしつつ、この検証での問題点をいくつか挙げている。
 第一に、強制連行について、河野談話作成までにスマラン事件等「軍による暴行・脅迫を用いた連行を裏付ける資料がある」にもかかわらず、「報告」では「一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる「強制連行」は確認できないというものであった」と記述されていることを受け、「朝鮮半島での徴募状況ではなく、全体の徴募状況を説明したところにある「慰安婦の募集については、……官憲等が直接これに加担したことがあったことも明らかになった」という記述を否定しようとするもの」であるから、「安部首相の主張に従い、きちんとした検証をすることを避けたといわれてもしかたがない」とした点である。
 第二に、日本側の解釈を一方的に公表した点である。現在、元慰安婦への補償をめぐる問題に関して、日韓間では、日本政府が一九六五年に締結した日韓請求権協定で解決済みだとする主張と、韓国政府の植民地支配に直結した不法行為や重大な人権侵害などに対する賠償請求権の問題は日韓請求権協定では解決していないとする主張が対立している。「報告」結果の③では、金泳三が「金銭的な補償は求めない方針」だといった記述がくりかえしでてくるため、吉見は、「政府の検証の大きな目的の一つが、このように述べて韓国政府を牽制することだったのだろう」と推測した。そしてそのように日本側の解釈を一方的に公表したことで慰安婦問題は解決しないとし、「被害者が何を望んでいるか、という原点に立って、解決策をさぐるべき問題」として検証の問題点の一つとした。
 第三に、河野談話を継承するというのであれば、河野談話を否定する言動を政府として反論すること、中学の歴史の教科書から慰安婦が削除されたことを踏まえ歴史教育の場に慰安婦をとりいれること、河野談話作成に用いた資料を公開することなどが課題であるとした。