幸福なポジティヴィスト

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橋爪大三郎『戦争の社会学』②

<書誌情報>
橋爪大三郎,2016,『戦争の社会学――初めての軍事・戦争入門』光文社.


目次

はじめに
序章 戦争とはなにか

第二章 古代の戦争
第三章 中世の戦争   ⇦いまここ!
第四章 火薬革命

第五章 グロチウスと国際法
第六章 クラウゼヴィッツの戦争論
第七章 マハンの海戦論
第八章 モルトケ参謀本部
第九章 第一次世界大戦リデル・ハート
第十章 第二次世界大戦核兵器
第十一章 奇妙な日本軍
第十二章 テロと未来の戦争
あとがき

1.古代から中世の戦争

 第2章は古代の戦争を分析している.要約すれば,ポイントは3つだ.
 第1に,戦争の始まりを「文明」から都市国家の誕生といった人間社会の変容とともに論じている.橋爪によれば,戦争は農耕社会の誕生によって生まれた.つまり,農耕社会が生み出した安定した食料供給は,社会階層の分化をもたらし,資源の分配をめぐる不平等が生まれた.この不平等な関係は,社会集団内の内定な関係と社会集団同士の外的な関係にみられる.こうした不平等な関係は様々な利害の衝突・対立を引き起こしたということ.こうした紛争状態をできるだけ有利に進めようとした結果生まれたのが,都市国家である.橋爪は都市国家を「戦争マシン」と評しているが,それは都市国家が戦争に備えるという目的を持っていたからである.
 第2に,戦争で使われた武器や兵器,そして戦法に関する議論だ.素材に関して言えば,石器(時代)―青銅器(時代)―鉄器(時代)のように人類の道具の歴史と同じ発展史をたどっている.どの時代であろうと重要なのは,素材を手に入れるルートである.とりわけ青銅の材料は銅と錫で,これは別々の場所で取れるため,青銅器を使うことができる集団は複数のルートを確保しなければならなかった.
 古代にはいくつかの象徴的な武器や戦法が生み出される.その1つが戦車で,これは馬がけん引する2輪車で,戦場を高速で駆け巡り弓や槍で攻撃する.古代の戦争の主役の1つである.それと対を成すのが歩兵の集団戦法で,重装歩兵数百人を編制し,大型の盾と長いやりで騎馬や戦車に対抗していく.これも平地での戦術の基本単位となった.地中海を中心とした海の戦もガレー船による集団戦法が定着した.帆船ではなく,オールを持つ漕ぎ手が船の運動性を高めた.
 第3に戦争と社会の関係性の考察である.例えば戦争の主役が歩兵やガレー船の集団戦法に移行する過程で,民衆の政治的発言力が増し,民主政治への移行を促したといわれている.
こうした戦争と社会の関係性を旧約聖書から読み解いている.
旧約聖書の最初の部分は,預言者モーセ率いるイスラエルの民が,エジプトを脱出する.紅海を割って危機を脱したモーセ一行は,約束の地カナン(今のパレスチナ)に入るわけだが,そこには先住民がいる.神ヤハウェは,先住民がいても構わないから攻め取れとイスラエルの民に許可した.これらは民族間の土地の争奪戦がテーマとなっている.
 イスラエルの民は,その後エリコという都市国家を攻略する.城壁を破壊した後,イスラエルの民は女子どもも残さず殺害し,エリコを破壊しつくした.殺し,破壊し,焼き尽くすのは,神に対する献げもの(ホロコースト=全焼の供犠)という意味である.敵の住民を奴隷としたり妻としたり,家財を奪い取ることは,自分のための戦いであり,神のために戦ったことにはならない.時に聖戦は私戦より残酷だ.橋爪は,日本にこんな戦いはないというが,勇み足のように思える.
 続く第3章は中世の戦争と社会を扱う.中世の特徴は,封建制キリスト教である.領主は上級の領主と土地を媒介とした安全保障契約を結び,封建契約の網の目が作られていく.これら諸領主に正当性を与えていくのがキリスト教である.統治が安定すると,暴力ではなく司法に基づく解決方法が機能した.その分戦争は減る.こうした統治の二重のシステムが中世の特徴である.

2.黒色火薬の発明

 第4章で扱われているのは,黒色火薬(以下,火薬と略記する)である.火薬はいつごろかわからないが,中国で発明された.しかし,それを実用化していくのは西ヨーロッパであった.火薬を使った鉄砲と大砲は戦争の姿を一変させ,社会変化を生み出した.
 大砲の発明は,まず城郭や要塞を打ち崩した.ナポリ要塞は7年持ちこたえたとして有名だったが,大砲の前には半日ももたなかった.大砲の出現は城郭・要塞を進化させていく.大砲に耐えうる新しい技術をイタリア式築城術という.次に変化したのは海戦のあり方である.大砲は重いので船舶輸送が適していた.ところが船舶からの大砲攻撃が発見され,選管が誕生した.古代のガレー船などは一発で沈むほどだった.
 鉄砲はマスケット銃とライフル銃に分かれる.日本にもたらされた種子島銃は前者である.マスケット銃の欠点は装填速度の遅さであるが,これをカバーするのが銃剣である.銃剣による攻撃は第二次大戦まで現役である.
 こうした技術の強みを最大化しようとすると,結局のところ集団戦法に行き着く.したがって,大量の兵士を動員する政治力,彼らに武器・弾薬,食料を供給できる財力が軍事力を大きく左右することになった.イタリアの諸都市は財力をもとに自前の訓練された軍隊をもっていたが,徐々に絶対王制の力に押されていく.フランスやプロイセンは,徴税による資金をもとに傭兵を雇い入れていく.集団戦法で重要なのは,一斉射撃やスムーズな行軍を可能にする教練である.兵士や軍隊を作り出すことが始まるのである.
 銃と大砲の普及と集団戦法が組み合わさり,一定の訓練を受けた近代的な軍隊が誕生した.この頃の戦争を分析したマクニール『戦争の世界史』にはいくつかの問題点が示されている.
①人数の制約.5万人以上になると統制がとれない.戦場はうるさく視界も悪いことがあるので指揮命令が行き届かない.
②補給の限界.食料,海場,馬,輸送手段が間に合わなく,10日も行軍すると先が続かない.
③組織的問題.傭兵を雇ってきた慣習から,指揮系統,人事のシステムが不透明.
④兵員の不足.金か命かという選択では,多くが金を払うので兵員に限度があった.
 これらの諸問題を解決するために次の方法がとられた.
①作戦単位として全軍を師団に分割,それぞれに各兵科を分配し,独立での作戦行動を可能にした.
③参謀将校の役割を決め,指揮系統を握った.
④給料と支給品を約束し,兵隊を募集する.
 こうして発展した近代的軍隊の典型例として連戦連勝したナポレオン軍を分析している.ところが,橋爪によれば,ナポレオン軍が連戦連勝した理由は,武器や用兵ではなく,戦争を支える思想,言い換えれば戦争を支える主体の変化である.戦争を支える新しい考え方は,ナショナリズムである.国民のための国家であるフランス共和国は,外国の干渉を跳ね返すナショナリズムによって支えられた軍隊を生み出した.戦争を支える主体は徴兵制によって集められたフランス国民である.これが既存の軍隊の限界であった兵員の不足を一挙に解消した.いうなれば多勢に無勢.兵員の不足を補えたフランス軍は勝つべくして勝ったといえる.
 ナポレオン軍の新しさの1つは行軍の速さである.ナポレオンは兵站を最小限に抑えることで,行軍スピードを倍近くにした.できるだけ現地調達,兵士らの休息時の物資(テントや薪)も最小限にした.「調達」と言えば聞こえはいいが,要は略奪である.これで②の兵站の問題は解決した.
 以上,近代的な軍隊の誕生を火薬の発明から書き起こし,ナポレオン軍を事例に,ナショナリズムや軍制と戦闘形態の改革からアプローチしてきた.近代的な軍隊の誕生が一応の要点ということはわかるが,おそらくこの近代的軍隊のあり方に関しては,より詳細な議論が必要になろう.

3.古代から近代までの軍隊のあり方を通じて.

 本書の2章から4章にかけて,古代から前近代までの戦争や軍隊のあり方が分析されてきた.俯瞰的な作業を通じて,戦争や軍隊のあり方が社会のあり方やテクノロジーの発展,思想などの諸要因を組み込む独自の年代記を持っていることが明らかになった.
 ところが,軍事社会学のアプローチが埋没してしまっている感が否めない.戦争や軍隊がそれ自体自立した年代記の上に成り立つのではなく,社会や経済,文化や政治の影響を受けていることを明らかにするのであれば,既存のアプローチで十分である.世界史の授業を受けている感じはこうした点からくる限界であろう.
 また用語法も幾分曖昧ではないか?戦争とは何かのところで厳密な定義を打ち立てているのだから,近代的軍隊や軍制,軍政のような言葉も軍事社会学というからには「戦争」同様に見直しが必要だろう.