幸福なポジティヴィスト

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神子島健,2014,「当事者なき後の戦後責任論——戦争体験と戦争責任の交錯をめぐって」

<書誌情報>
神子島健,2014,「当事者なき後の戦後責任論——戦争体験と戦争責任の交錯をめぐって」『世界』860: 89-97.

世界 2014年 09月号 [雑誌]

世界 2014年 09月号 [雑誌]

神子島は非当事者世代の戦後責任として「戦争犯罪の追及や責任者の処罰、そして同じ過ちを起こさせないための努力は、戦後の責任として引き受けることは可能」だとし、直接的な加害者の多くはすでに故人となっているにせよ、「日本政府のみが取りうる固有の責任があり、その責任を果たさせる責任が、世代を超えて日本の主権者にはある」と主張する。ではその戦後責任を担うアプローチや根拠は何なのか。神子島は戦後責任をめぐる議論を大きく飛躍させたものとして高橋哲哉の『戦後責任論』を挙げた。神子島によると高橋は、「それまでの議論が前提としつつ必ずしも顕在化させていなかった被害者の存在を議論の中心に据え、戦後責任の出発点を、被害者(死者を含む)の呼びかけに対する応答可能性」に置いたという。戦後補償運動では被害者の人権侵害の回復を一人の人間として支援する非当事者世代が、日本政府の法的・政治的責任を法的手段によって問うたが、そこでは体験を語る人、または語られた体験に触れ、「今まで過去の戦争が他人事でしかなかった人が、まさに呼びかけに対する応答として、戦後責任を受け止めるようになった」とし、様々な媒体を通して記録された戦争体験の記憶を伝え合い、市民一人ひとりがその意味を考え、交流し、討議することを通じてそれぞれの言葉を磨いていくという「交錯」の回路の維持拡大が戦後責任であると訴えた。